丈夫な債務整理
S・Eの恩師M院長は、病気のために惚けて抑制がとれたのか、自分の病院の看護婦の手をにぎり、「あなたはきれいですね」といったりした。
付きそいの老婆の部屋を覗いたりもした。
そういうM院長を生涯尊敬していたし、その教えを守っていることに何の恥じらいも感じないという。
精神が健全であるときに見つめていた「M先生」こそ、学問的業績をあげ、門弟に厳しかった師であると考えるからだ。
このような意見を理解していくと、尊厳死でいう「個人の尊厳」とは精神が健全なときの生き方であり、末期患者は生から死への中間に立って、肉体的には苦痛や衰弱があるかもしれないが、精神はすでに別人格になっているということかもしれない。
そういう肉体の生は、すでに本人の生ではなく、家族や友人との別れのために存在しているとの考えなのである。
尊厳死がもっと多角的に論じられなければならない理由がこの点にある。
平成凶年十月に栃木県益子町で、女性陶芸家のO・S(五十三歳)が、スズメバチに刺され、そのショックで意識を失った。
彼女はすぐにこの町の西明寺普門院診療所にはこぼれた。
診療所のT・M医師が診察にあたったが、すでに心拍停止と呼吸停止の状態であった。
そこで院長のT・M貞雅医師(椎博医師の大人)が心臓マッサージを行なった。
T・M貞稚医師は救急指導医の資格をもつ救急医療のベテランでもあったので、やがて心拍が戻ったが、意識は戻らなかった。
そこで人工呼吸器をつけての延命処置がとられた。
四日目、自発呼吸が止まった。
五日目、小川晶子の長男(二十五歳)や実弟ら家族とT・M稚博医師が話し合った。
まず七種類の脳幹反射テストが行なわれたが、すべてに無反応であることが確認された。
脳死状態であった。
T・M医師は、家族に「脳の機能は回復不能でしよう。
呼吸も意識も戻ることはありません」と説明している。
このとき家族は、小川晶子が日本尊厳死協会に入会しており、宣言書を所有して、尊厳死の意思をもっていたことを告げる。
同時に、日ごろから「私の死後、可能な限り、ほかの人たちのために臓器を使ってほしい」と話していたという本人の意思も明らかにされ、臓器の提供も行ないたいとの申し出があった。
本人はアイバンクや腎バンクにも登録していたのである。
T・M医師と家族は、臓器移植の準備が整うまで延命処置をとることにした。
つまり心臓を動かしておくわけである。
七日目、その準備がすべて整った。
腎臓と角膜の摘出やその臓器を受ける患者が決まったのである。
まずT・M稚博医師が昇圧剤の投与を中止した。
十五分後、血圧が測定できないほどに下がっていった。
T・M医師が人工呼吸券のスイッチを切り、長男がその連結部分を外した。
この連結部分を外すのは医療行為には当たらない。
家族の見守るなかで、心電図のモニターが平板になっていき、心拍の停止が確認された。
このあとに北里大学の臓器移植チームの医師たちが病室に入り、腎臓などの摘出を行なった。
腎臓は四十代と五十代の女性に移植されたという。
この経緯は新聞にも大きく報道された。
ただT・M稚博医師の脳死判定は厚生省のけ内基準でいう⊥ハ項目のうち四項目しか行なっていないことで、その判定の基準を満たしていないとの批判もあった。
脳波検査も欠けている一項だったが、これを行なうためにはその施設をもつ病院に移送しなければならず、移送するほうが危険だとの判断がT・M医師にはあったようだ。
この尊厳死と脳死・臓器移植のからむ医療行為に対し、T・M医師夫妻は、東大病院の本田勝紀医師や小児科の毛利千乗医師、それに脳死・臓器移植に反対する市民グループらから殺人罪で訴えられた。
本田医師は尊厳死や脳死、臓器移植に反対している医師たちの急先鋒で、これまでに各地の医療機関で行なわれた脳死状態からの臓器移植を七件菩発している。
ここでは尊厳死だけを考えることにするが、本田医師らは、尊厳死の要件として、専門医の応援を受けなかったこと、回復の見込みを充分に検討せず、早期に治療を中止したことを不備だとしている。
これに対して、小川晶子の実弟が、姉は尊厳死を希望していたのであり、脳死や臓器移植を前提にしての死ではないと、逆に本田医師らを謹告罪で訴えている。
死生観をめぐる対立この事件には、現代のさまざまな断面が見事なまでに凝縮している。
まずこの女性陶芸家はリビング・ウィルと臓器提供の意思を明確にあらわしていたことだ。
これは、彼女の母親が病死したときに献体を希望したが、結果的に家族の反対で実現しなかったのを悔んだためという。
尊厳死を望む人が腎バンクに登録するといったケースも多く、彼女は自らの死についてはっきりとした考えをもっていたことがわかる。
ただこのようなタイプがそれほど多くはないということはいえるだろう。
次に家族がその意思を受けいれ、医師に対して尊厳死の要求を行なっている。
医師夫妻もそれを受けいれた。
西明寺普門院診療所は、平成二年二月にT・M医師夫妻によって開かれた。
二人は東京慈恵医大を卒業して、築地にある国立がんセンターに勤めたという。
そこで末期患者を見て、「医学だけでは生と死がわからない」と煩悶し、医学と宗教の両面からの治療ができる医療機関を模索した。
T・M稚博医師は父が住職をしていた西明寺に籍を移し、大正大学で仏教を学んで真言宗の僧侶となった。
貞雅医師も得度している。
現在、T・M医師は大正大学で講師もしているが、学生には試験の折りに必ずリビング・ウィルの文面をどう書くか出題しているという。
ホスピス活動にも熱心で、生と死を考えるという点では、医師の中でも抜きんでた存在である。
リビング・ウィルを明らかにしている患者、それを受けいれる医師、確かにここには尊厳死のモデルケースがある。
T・M稚博医師は、本田医師らの告発に対して、「初めから臓器移植を目的にしていたのではない。
救命には全力を尽くしている。
この告発は、救命不可能と判断したあとでも医師は患者本人の意思に逆らって延命医療をつづけなければならない、という特定の死生観を押しっけるものだ」との見解を発表している。
尊厳死という側面からみても、この発言が示唆する点は多い。
患者と医師の出会いはしばしば偶然によって決まるが、これほどまで尊厳死を容認する関係というのはめったにない。
この関係に脳死・臓器移植がからまなければニュースにはならなかっただろう。
ということはこの社会でも、このような「死」を諒解しあえる医師と患者の関係が静かに進んでいるという事実も教えたのである。
日本では「死」を語るということに臆病な風潮がある。
祝宴などでは死に類する語の使用は避けるという風習など、それをよく物語っている。
キリスト教では、夫婦の契りを結ぶ折りに、双方が「その死まで共に伴侶としてより添う」ことを約束するが、日本の結婚式ではそのような語がない。
抽象的に〝永遠に″という意味を伴った語で愛を誓うにすぎない。
とくに戦後の日本では、「人命尊重」が声高に叫ばれ、たとえ一分一秒でも長く存命することが倫理にかなうという諒解ができあがっていた。
死は暗いことであり、全否定さるべきものであり、そのことはなるべく考えないようにしておこうというのであった。
生命が尊いという、あたりまえのことが教育機関でも麗句で語られることはあっても、死についてはほとんどふれられなかった。
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